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■#6 森選手インタビュー
おやじくさいんですけどね、と森は、前置きしてから言った。
「若いやつら見てると、よく言っちゃうんですよ。おまえらは、いつでもバスケできる場所があっていいな、って。」

コートの上では背中で語り、飲み会の席では一番奥の角にもたれて若手を相手に熱く語る。森の存在は、今年36歳になるチーム最年長という数字の問題だけでなく、精神的にエクセレンスにとって父親のようなものであり、支柱でもあった。
元1部リーグ三井生命、埼玉ブロンコスを経てエクセレンスにやってきた森は、他チームからも「元実業団」の肩書きつきで語られるように、華々しい経歴のように思える。しかし、森ほど「バスケのできる場所」に飢えた経験を持つ選手も、なかなかいないだろう。

「何でもまねしてた」という姉の影響で、ミニバスを始めたのが小学校4年の時。当時から身体能力は高く、水泳、野球、バスケを掛け持ちした。中学1年の時にバスケ1本に絞ると、その年にはいきなりの全国3位。中学校から、スポーツ推薦で東京都の名門、京北高校へ進学する。そこでも1年生からスタメンで、すぐに国体選手にも選ばれた。
そんな森だが意外にも、その頃すでに「自分のバスケのセンスのなさに気づいていた」という。「スタメンとか試合の結果とかそういうことじゃなくて、自分のことは自分が一番よくわかっていて。不器用だし、先々厳しいだろうな、とは思っていたんですよ」小さい頃から背が高かったことが幸か不幸か、いつの時代もセンターしかやらせてもらえず、ドリブルなどを磨く時間がなかった。そのために自己のスキルを「不器用」と評価し、アメフトに転向しようと真剣に考えたこともあったのだという。

高校時代の教師の説得もあり、そのまま青山学院大学にバスケ枠で進学するものの、森が自分のバスケに対する不信感を払拭できたのは、大学4年のときのヘッドコーチと出会ってからだった。現アイシン小宮選手の父親でもあるそのHCは、「チーム貢献ポイント」というものを導入した。得点すれば原則2点だが、得点以外のものにもポイントをつけていく。リバウンドを1つ取れば2点、スティールを1回取ると2点。得点という、いわば「派手」で目立つ部分だけでないところを可視化し、正当に評価しようとしたのだ。“目立たない選手”だったはずの森は、蓋をあけてみればその「チーム貢献ポイント」が、ナンバーワンだった。
点を取れば、華にはなる。しかし、器用ではないなりの自分の強みを見つけていった。大学4年の1年間が終わる頃、森は「ディフェンシブでいこう」と自分のプレイスタイルを決め、その面でなら実業団でも通用するという自信を得た。

そして王道であったはずの実業団へ。しかし選んだ三井生命は、4年で休部となる。突然の休部通告、事前の通達も何もなく、やり残した感だけが残った。「せめて、これが最後のシーズンだと、いや、これが最後の1試合とだけでも、告げてくれれば……」当たり前のようにバスケをしていた環境が、突如無くなった。今までは常にバスケに囲まれていた生活だった。「俺からバスケを取ったら、何が残るんだろう……」答えは出ず、空洞を抱えたままの毎日だった。
そこで声がかかったのが、当時日本リーグ(現・bjリーグ、当時日本リーグ)の埼玉ブロンコスだった。しかしそこでも、三井生命の突然すぎる休部の時期が災いして二重登録とみなされてしまい、1年間公式戦には出られなかった。当時、埼玉ブロンコスはお世辞にも強いとは言い難いチーム。練習にも合宿にも、遠征にまで帯同しながら、外側から試合を見守るしかない1シーズン。「あのシーンで、俺がいれば……」と思ったことも少なくない。何もできない自分に、森の「バスケがしたい。試合に出たい。」という思いは限界値に達しようとしていた。

森は、疲弊していた。1年間の公式戦に出られない日々を終え、翌年にはコートに立っていたが、選手としての全盛期を無駄にしたという思いは拭い去れなかった。現役を退こう、と決意した。そんなときに出会ったのが、当時埼玉ブロンコスのヘッドコーチをしていた東野であり、ブロンコスのメンタルトレーナーをつとめていた辻だった。2人は一緒に、クラブチームをつくるという。「スタッフとしてなら、やってみたい」森は、選手を引退した後の挑戦に、辻のNPO法人でスポーツの可能性を追求することを選んだのだった。

バスケを通じた教育や、子供たちに対するバスケ塾をやっていくはずだった。しかしその傍ら、気づけば知らぬ間に、またコートに立っていた。確かに、自分が望んだことではなかったのだろう。しかし、何かをやり残したという思いが、本能的にまたプレーすることを選択させた。森がブロンコスを辞めてエミネクロスへ行った当初、構想にすぎなかった「クラブチームを作る」という辻、東野の言葉は実現した。そして、「クラブチームなんて」と思っていたはずの森は、東京都の決勝の会場である代々木第二体育館で、未だかつて感じたことのない感慨に包まれていた。
高校でも大学でも実業団でも、何度もプレーしたことのあるはずのその会場は、森の知らない代々木第二体育館だった。観客には、つい一昨日自分がバスケを教えていた子供の顔がある。「森コーチ、頑張って!」チームの名前ではなく、森一誠というひとりの人間を心から応援してくれる姿、羨望の眼差し。
「俺はいま、チームのためでも勝つためでも、自分のためでもない、ほかの誰かのためにプレーをしている」――自分がコートに立つことで、誰かの夢を広げ、希望を与える。そんなことが自分にもできたのか、とはじめて肌で実感したのだった。

「クラブチームなんて」そんな思いを捨てた瞬間だった。
森はまだ、走り続けている。それは、遠く上方の観客席にいる私をも、勇気づける。森の迷いのないプレー、ひとつひとつの表情は、その経験に裏付けされたものだとは思いつつも。大差をつけられたとき、勝ちを信じられなくなりそうになるときがある。あまりに理不尽な相手のプレーに、頭に血が昇るときがある。そんなとき、観客の私でさえもが、考えるのだ。「こんなとき、森ならどうするだろう?」と。
森は、エクセレンスそのものだった。私たちが、追いたい背中だった。
| 中島優 | 22:05 | comments(20) | trackbacks(0) | pookmark |
■【クラブ選手権全国大会】エクセレンスvsFANTASISTA
2008年3月8日
平成19年度 全国クラブバスケットボール選手権大会



■第1回戦 エクセレンス(関東第2位・東京) vs FANTASISTA(近畿第5位・大阪)
  香川総合体育館 11:00

■スコア(エクセレンス-FANTASISTA)
 1Q 13-27
 2Q 22-20
 3Q 14-16
 4Q 27-24
TOTAL 76-87



■戦況
 とうとうこの日がやってきた。今シーズンの締め括りとなる全国大会。
 エクセレンスが通常の段取りで全国大会に出場するのはこれが初となる。
 過去2回は、5位での繰り上がり出場と、開催都道府県枠を兼ねたものだった。
 試合内容は、スコアの数字が示す通り、1Qの大差を縮められないまま終わった。
 LEGENDの選手をも擁するFANTASISTAは、主力選手が交代せずに
 プレーするタフさ、強さ、速さを兼ね備えていた。
 加えて得点力が高く、持ち込む展開も優れており、終始自分たちのバスケをした。
 両チームとも比較的クリーンな試合運びで、選手の質の高さもうかがえる一戦だった。

 1回戦から「全国の壁」を感じる結果となったが、これがエクセレンスの今の姿。
 共に2007‐2008シーズンを戦った仲間との、最後の試合となったが
 今年1年間をかけて戦い、関東代表の肩書を提げて全国で戦うことが標準視野であると
 共通認識を改めたことは、日本一を目指す上で大いに意義深い。

 ぎりぎりで勝ち取った辛勝も、満身創痍のなかで得た不甲斐無さも、良いことも悪いことも
 一戦一戦のチームの軌跡は歴史となって、また次のシーズンへの礎を築く。
 「日本一」という大きな目標を、本気でひとつになって目指せるチームはそうそうない。
 彼らのやっていることは彼ら自身が思っているよりもはるかに大変なことで、
 だからこそ、走り続けたエクセレンスにいま拍手を送りたい。
 そして、陰ながらも並走できた私の今シーズンもまた、幸せなバスケ人生だった。
| 中島優 | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【クラブ選手権決勝】エクセレンスvs葛飾バックボーン
2008年2月17日
平成19年度 東京都クラブバスケットボール選手権大会



■決勝 エクセレンス(東京都第2位) vs 葛飾バックボーン(東京都第1位)
  さいたま市総合記念体育館 14:15

■スコア(エクセレンス-葛飾バックボーン)
 1Q 15-14
 2Q 21-14
 3Q 28-33
 4Q 15-24
TOTAL 64-71



■戦況
今シーズン3度目となる、葛飾バックボーンとの戦い。
互いに圧倒的な勝利で、奇しくも東京都決勝と同じカードとなった。
序盤から崩されたエクセレンスは、見せ場なく逆転で勝利を献上。
葛飾は、エクセレンスをよく研究しており、選手のINOUTに合わせてフォーメーションも細かく変えてきていた。
戦術負けの一戦だろう。
加えて、他のクラブチームには見られない、挑発や中傷での心理戦も健在。
相手の思う壷にファウルを連発したところに、弱さが出た。
勝つためのしたたかさに乗らない冷静さを持つことも、今後のエクセレンスの課題だろう。

■次回試合
全日本クラブバスケットボール選手権大会
3月8日〜10日 香川県開催
| 中島優 | 13:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【クラブ選手権準決勝】エクセレンスvsALSOK
2008年2月17日
平成19年度 東京都クラブバスケットボール選手権大会



■準決勝 エクセレンス(東京都第2位) vs ALSOK(群馬県代表)
  さいたま市総合記念体育館 11:05

■スコア(エクセレンス-ALSOK)
 1Q 20-9
 2Q 23-11
 3Q 19-19
 4Q 13-14
TOTAL 75-53


| 中島優 | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■#11 羽部選手インタビュー
エクセレンス選手インタビュー VOL.2
#11 羽部 恵多郎

スポーツに関わる仕事がしたい。そして、スポーツ選手を助ける仕事がしたい。
そんな思いで羽部は今、鍼灸師の仕事をしている。
羽部がエクセレンスに来たのは、2002年のことだった。
クラブチームで出会った仲間に連れられて、宮田諭(現・JBLトヨタ)と会った。
――今度、エクセレンスというチームができる。トライアウトに来ないか。
折しも羽部は、たった10ヶ月のサラリーマン生活に終止符を打ち、その後の道を模索している時だった。
「出会っちゃった、って感じでしたね。」そう振り返る。

そして、チーム結成直後の優勝。
あまりに出来すぎた展開には、「そりゃ、びびってましたよ」だそう。
「だって相手は、慶應とか早稲田とか、1部のトップリーグで戦っていた相手で、
 俺たちでも名前を知っている選手がゴロゴロいて。
 でも、気がついたら決勝の会場の代々木にいて、勝っちゃった。」
当時は、今のような日本初のプロバスケリーグ「bjリーグ」などもない時代。
いくらバスケが上手かろうと、実業団にスカウトされるのはほんの一握り、
それも名門校の選手という暗黙の相場が決まっていた。
「みんな、そういうバスケのありかたに、疑問を持っていた。
 変わらなきゃと思ったし、俺らのチームが変えていってやる、と思った。」
そんな思い出挑んだ大会で、“名門校”を次々と撃破したエクセレンス。
それまでは、社会人が片手間で楽しむサークルのようなものだと思われていた、「クラブチーム」という存在が
一つの地位の礎を築いた瞬間でもあった。

羽部とバスケとの出会いは、小学校にまでさかのぼる。
誰もいない体育館。片付け忘れられたバスケットボールがひとつ落ちていた。
何の気もなしに、羽部はそれを拾い、リングにシュートした。入る。
もう一度、バウンドするボールを拾った。また入る。
何度繰り返しても、ボールはリングに吸い込まれていった。
練習などしたわけではなかった。それでも、入った。
これは、いけるんじゃないか――幼心に自信を得た羽部はバスケに没頭し、
それ以来、小中高大と、バスケをしていた記憶しかないという。

高校1年のときに一度だけ、バスケをやめようと思ったことがある。
コーチは何も教えないし、練習は紅白戦ばかり。
怪我もして、「何でばすけなんかやっているんだろう」と思った。
帰宅途中の自転車を漕ぎながら、ふと通学路の端を渡った瞬間、思った。
――あ、好きだからやってんだ。
誰に教えられるわけでもない、ふとした瞬間の気付き。
やらされている感はなくなり、取り組み方も変わっていった。
「No Pain,No Gainって、いうじゃないですか。
 辛いことをやらないと強くはなれないし、執着してやれば変わってくるものがある。」

実業団に進むほどのレベルではないと考えていた羽部だが、エクセレンスの活動を続けるうちに、
そもそも実業団を基準に考えていたこと自体に疑問を持つようになる。
「バスケには本当に、色々な幅があって。その幅こそが、魅力なんじゃないかと。
 そう考えたら、実業団だとかプロだとか、そういうものばかりを目標にしなくても
 いいんじゃないかな、って思ったんです。」
真摯に取り組む姿勢、自分の可能性を信じること。ここが最盛期だと思っても案外そこから伸びるということ。
そういったことを、今、自身が教えている高校生にも伝えていきたいという。

「だから本当に、強い弱い、上手い下手じゃないんですよ。
 今は俺も、こんなことして何になるんだろうとは思っても、
 何やってるんだろうとは思わない。」

今となっては羽部自身も「幸せな勘違いだったよね、本当に」と振り返る、
小学校の体育館で得たバスケへの自信。
時を経て「バスケが好きだ」と思いを昇華させた15歳のときの気付き。
コートの上での、羽部の邪念ないストレートなプレーは、こうして出来上がってきたものなのかもしれない。

| 中島優 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【クラブ選手権3回戦】エクセレンスvsRED WOLF
2007年12月23日
平成19年度 東京都クラブバスケットボール選手権大会



■3回戦 エクセレンス vs REDWOLF
  江東区スポーツ会館 14:30 TIP OFF

■スコア(エクセレンス-REDWOLF)
 1Q 16-10
 2Q 15-6
 3Q 26-9
 4Q 25-23
TOTAL 82-48

■戦況
 1Qは、互いに堅守の光る試合運びとなった。
 開始3分をすぎても、わずかに2-3からスコアの動かない時間帯が続く。
 浅野(#10)の絶妙のスルーから橋詰(#8)のスピーディーなシュートが決まると、
 あとはエクセレンスのペースに。
 2Qはわずか6点しか与えず、3Qは相手のゾーンプレスの乱れもあり、
 吉元の芸術的なセンスでゲームを完全支配した。

■次回試合
 準決勝
 1/6(日) 足立区総合スポーツセンター
 11:30 TIP OFF
| 中島優 | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【クラブ選手権2回戦】エクセレンスvs隼
2007年12月15日
平成19年度 東京都クラブバスケットボール選手権大会



■2回戦 エクセレンス vs 隼
  武蔵野総合体育館 14:30 TIP OFF

■スコア(エクセレンス-隼)
 1Q 23-16
 2Q 20-15
 3Q 23-14
 4Q 24-16
TOTAL 90-61

■戦況
 実力差は十分にあったはずだが、いまひとつ乗り切れない一戦となった。
 エクセレンスは、森の体調不良を抱え、羽部も2Qからの参戦となった。
 一方、AllJapanを終えて最年少・安野が戦線に復帰している。
 隼は1対1の厳しいチェックで、個の強いエクセレンスを潰しにかかる。
 早さもあるチームだが、エクセレンスも浅野(#10)のいつも通りの安定感に
 橋爪(#8)の果敢なハードプレー、渡邉(#7)の狙い済ました攻撃で、
 終始リードを守った。
 しかし、力量差の割には攻めきりあぐね、集中を欠く場面が散見した印象も否めない。
 次の試合までに調整を万全に整えたい。

■次回試合
 2007年12月23日(日)
 東京都クラブ選手権3回戦(ベスト4)
 vs RED WOLF
 江東区スポーツ会館 14:30 TIP OFF
| 中島優 | 15:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【関東大会準決勝】エクセレンスvs順天堂大学
2007年11月25日
平成19年度 関東総合バスケットボール選手権大会
(All Japan関東予選を兼ねる)

■準決勝 エクセレンス vs 順天堂大学
  平塚総合体育館 11:10 TIP OFF

■スコア(エクセレンス-順天堂大)
 1Q 30-23
 2Q 15-15
 3Q 15-18
 4Q 13-18
TOTAL 73-74

■戦況
安心して見られた試合だった。
決して序盤から点差の開いた試合ではなかったが、
エクセレンスはいつも通りのバスケ。
頻繁にディフェンスが手薄になるシーンは見られたが、1QにはMikeの3Pなどもあり、30得点と弾みをつける。
しかし徐々に追い上げる順天堂大学がフォーメーションを変えた頃から、試合は暗転する。
突如相手に勢いがつき、4Qの残り3分で同点に。
両者なかなか得点が決まらないが、順天堂大学の勢いはそのまま切れることなく、終了間際の逆転を死守された。
僅か1点差のゲームに、今年度大会は3位(ベスト4)に終わった。

■次回試合
All Japanの道は絶たれたが、来月にはクラブ選手権が控える。
しばしの休息を経て、次へと備えたい。



バスケは本当に何が起こるかわからない。
それを思い知らされた一戦だった。
たった数分で状況が一変したこの試合。
スポーツである限り結果を追い求めることは当然だが、
スポーツである限りまた、勝つこともあれば負けることもある。
選手の”100%FIGHT”は、観客席へも伝わった。
その自覚がまた、前へと進む力にもなるはずだ。
この敗戦を踏み台にする日が来ることを、信じたい。
| 中島優 | 11:53 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
■#14 灘部選手インタビュー
エクセレンス選手インタビュー VOL.1
#14 灘部 裕樹

帝京高校から、日体大へ。
灘部の生活の中心には、常にバスケットがあった。
しかし、いつでも中心選手だったわけではない。
試合に出る機会の少なかった日体大を卒業するとき、灘部は考えた。
「やめるか、やるか」。
2つしかない選択肢だが、両者の差は限りなく大きい。

「エクセレンス」の存在は、前々から知ってはいた。
帝京高校時代に、去年までエクセレンスのHCを務めていた東野の元にいたからだ。
当時のエクセレンスは史上最強と謳われ、出る大会ごとに制覇していった伝説のチーム。
バスケスキルの高いプレイヤーが多く集うチームとして有名でもあった。
一緒にやりたい――そう思うまでに、時間はかからなかった。
エクセレンスのホームページでトライアウト募集の告知を見て受けに行き、チームの一員となったのが2003年のこと。
灘部の入った当初のエクセレンスは、まさに「負ける気がしなかった」と語る。
「放っておいても勝ち続けるんじゃないかというくらい、とにかく圧倒的だった。」

その後エクセレンスは、主力が他チームへ移籍したり引き抜かれたりしながら去っていく時代を迎える。
しかしこの時、灘部には不安はなかった。
「コートの上で勝つのも大変なこと。
主力が抜けて、ヤバいというよりはチャンスだと思った。」
1年目は時間がただ流れていくようだったと振り返る。
2年目になり、コートに立つようになってから、灘部は変わっていった。
嫉妬心、愚痴っぽさ。そういった部分も、氷が解けるように丸くなっていく実感があり、
中学生のとき、バスケを好きになるきっかけとなった先生が「スポーツは強いだけであってはならない」と、道徳的な教育を積極的に行っていたことを思い出した。
コートに立ち続けることで、灘部はバスケへの思いを取り戻していったのだった。
「試合に出て初めてわかること、成長することもある。
出られずに去っていく人もいる。日体大のときの自分が、そうだったのかもしれない。」

試合になれば、子どもバスケ塾の交流会で自分が教えた子どもたちが応援に駆けつける。
日本一を目指すなら、このチームしかない。歓声の中、そう強く思った瞬間だった。

「来年はもう違うメンバーになっている」
エクセレンスの特異点を、灘部はそう語る。
他チームは同じメンバーで何年も戦う。そのため、年々修正もしていくことができる。
エクセレンスの場合は、トライアウトで毎年リセット。
以心伝心というチーム力が、どこまで育つかが勝負だという。
「一緒にやっている年月が短いということが、1点2点のせめぎ合いになったときに出るのではないか」

練習時間も限られるクラブチーム、メンバーの毎年変わるチームカラー。
それらは確かにひとつの壁ではあるが、条件の中でコンスタントにいつも上を目指すのが灘部のやり方だ。
「いつも、"今度の試合がナンバーワン"であるように。
それ以外のことは、何も考えていないんです。」
07-08シーズンの副キャプテンは、コートの上で得た自信を覗かせる。
| 中島優 | 23:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
■【東京都大会決勝】エクセレンスvs日本大学
2007年11月12日
平成19年度 東京都バスケットボール秋季選手権大会
(All Japan東京都予選を兼ねる)



■決勝 エクセレンス vs 日本大学
  代々木第二体育館 18:30 TIP OFF

■スコア(エクセレンス-日大)
 1Q 14-18
 2Q 20-11
 3Q 34-22
 4Q 18-23
TOTAL 86-74



■戦況
 3日連戦の最終日、決勝の相手は日本大学。
 エクセレンスも久々のフルメンバーで挑む。
 序盤は日大の勢いが勝り、一時は10点の差をつけられるも、
 徐々にチームの調子を取り戻し、4点を追うまでに詰める。
 続く2Qで、グレッグの高さがうまくはまり、流れるような連携が次々と生まれた。
灘部、グレッグの得点で弾みをつけ、2Qは相手に11点しか許さなかった。
3Qは点の取り合いとなる。
日大もここで巻き返しを計ろうと強気に出て来たが、この3Qは吉元が光った。
点を取ることに気持ちが行った日大の隙をつき、カウンターの起点となる。
ひとりで持ち込むドリブルは日大をもっても止められなかった。
  ゴール下を徹底的に支配できたことも大きかった。
ハーフタイムにはエミネッツ、ライブリーズのパフォーマンスで選手を勇気付けた。
1試合を追うごとに強くなっていったエクセレンス。
皆で勝ち取った東京都優勝、次の舞台は関東大会だ。

■次回試合
 11月24日(土) 平塚アリーナ
 24、25日のこの関東大会を制すると、天皇杯出場となる。
| 中島優 | 20:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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Writer

中島 優 NAKAJIMA Yuu

2002年より、本業の傍らフリーランスライター稼業を兼業。 専門はヒューマンドキュメンタリーで、300人以上のインタビューを収録執筆している。
またこれまでに、雑誌編集プロダクション(サッカー/週刊誌/自動車/旅行)、広告制作プロダクション(企業社内報/製品情報)、ウェブサイト(映画/観光情報/旅行/コミュニティサイト)にて執筆経験を持つ。

バスケはまだまだ駆け出しです。エクセレンスの一員として、私も一緒に成長していければと思います。お気軽にブログにもコメントください。

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